百厘経済政策研究所

記事一覧はトップページに掲載されています。ブログタイトルをクリックorタップして下さい。

付加価値とは何か

 

日本経済におけるキーワード「付加価値」

 不況に苦しむ日本経済を立て直す議論において、付加価値という言葉をよく耳にします。今回はこの言葉の意味と、それが経済再生の議論においてどのように関係してくるのかについて見ていきます。

 まず重要なのが、付加価値という言葉には、大きく分けて二つの意味があるという点です。経済学的な文脈で用いられる付加価値と、経営学的な文脈で用いられる付加価値があるという言い方もできるかもしれません。本稿の目的は、経済学的な文脈における付加価値について検討することですので、まずはこちらから説明をします。

経済学的な付加価値

 付加価値とは、当社によって新たに「付加された価値」のことです。製造業であれば、企業外部から仕入れた部品や材料などに対して、企業内部の従業員が加工や組立てをするなどして価値を追加してから顧客に販売をします。この企業内部で新たに生み出された価値が付加価値です。
 ホテル事業を例にして、より詳細に見ていきましょう。ホテル事業で生産されているのは宿泊サービスです。これを生産するために、様々な生産資源が利用されています。
 固定資産としては、建物とその付属設備や器具備品などがあり、企業外部の建設会社や製造会社に取得費用を支払って調達しています。それ以外に、電気や水道、シーツなどのクリーニング、室内の消耗品など様々なサービスや製品も企業外部から調達しています。これらは他社が生産したものであり、そのままの状態では当社が付加した価値はありません。
 そして、労働力として確保された従業員が、これらの生産資源を利用して、顧客が宿泊できる状態にするために、受付けや室内整備など様々な業務を行います。この業務により「宿泊可能な状態」という付加価値が新たに生み出されたことになります。

経済学的な付加価値の算定

 この付加価値の経済的価値(金額)はいくらとすべきでしょうか。経済学における金額算定には会計学が使われます。会計的に言うと、付加価値額は、売上高から外部調達コストを控除して計算されます。以上を図示すると次の様になります。

f:id:ichiwariJP:20211121211807p:plain

 このように、経済学における付加価値は金額で表わすことが容易であり、この点が後述の経営学における付加価値とは異なります。つまり「付加価値額」と言えば、経済学的な付加価値を意味していることが通常です。

経営学的な付加価値

 経営学における「付加価値」という言葉は「機能やデザインなど、製品やサービスが持つ特徴であり、差別化要素」というような意味を持っています。この付加価値も、企業が生産資源を使って生み出すものであるため、先ほどの付加価値と全く異なる意味を持つというわけではありません。両者で異なるのは付加価値が意味する範囲です。経済学においては、競合他社と全く同じ製品を生産したとしても、追加された価値の全額が付加価値となります。一方、経営学においては、この場合には差別化要素となる特徴が無いので付加価値はゼロとなります。
 経営学における付加価値は、企業側が付加価値であると考える要素であっても、必ずしも顧客がそれに同じだけの価値を認めるとは限りません(当然ながら個々の顧客においても価値観は異なります)。つまり、こちらの付加価値が持つ経済的価値(金額)は、全員合意の上で算定することができません。
 したがって経営学における付加価値は、それに対して顧客が魅力を感じるかによって、経済学的な付加価値額との関係が異なります。

  • 顧客が魅力を感じる=>売上高が増加し、付加価値額の増加につながる
  • 顧客が魅力を感じない=>売上高が増加せず、付加価値額の増加につながらない

 先ほどのホテル事業で考えると、経営学的な付加価値には、例えば高品質なものに交換された(ベッド)マットレスがあります。顧客がこのマットレスで寝ることに魅力を感じ、宿泊料が従来より10%高くても利用したいと考えた場合、高付加価値化により付加価値額の増大が達成されることになります。(10%値上げ部分の合計がマットレス取得費用を上回った場合に限りますが。)

 付加価値額の増加につながらない例も挙げるとすると、スマートフォン事業で競合他社製品の性能を上回る製品を開発するべく、カメラ画素数を大幅に増やしたとします。これは企業側からは付加価値ですが、保存容量などの問題から顧客にとって魅力として認識されなければ、売上にはつながらず、つまり付加価値額は増加しません。

付加価値額を考慮する目的は何か

 まずは、より一般的な形で付加価値額について整理しておきます。

f:id:Hyakurin:20211117214144p:plain

 この図から分かるように、付加価値というのは売上から原価や費用などコストを除いたものであるため、営業利益や当期純利益などと同じく、企業会計における利益概念の一種であると言えます。では、それらの利益とは別に付加価値というものを考える必要性はどこにあるのでしょうか。
 結論から述べると、付加価値は、「収益力」や「経済的な貢献度」を評価するのに適しています。したがって、付加価値をより多く生み出せる企業が「収益力が高く、社会に貢献している企業」として評価されるべきだと言えます。

付加価値額で収益力を評価する

 収益力という言葉には様々な意味がありますが、ここでは「自社の製品やサービスを他社よりも高く販売できたり、より多く販売できる能力」のことを意味しています。
 収益性を判断する際に、売上総利益や純利益などを基準とすることは不適当です。それらは人件費が差し引かれた後の利益であるため、人件費を削減すれば利益を増やすことができます。つまり、例えば営業利益がより多額だったとしても、それが単価が低い労働者を使うことで発生した利益なのかが、一目では分かりません。
 一方で、先ほどの図からも分かるように、付加価値額というのは税引前利益に人件費を加えた利益であるため、人件費を増減させても付加価値額は変動しません。付加価値額を増やすには、外部調達コスト(仕入単価や間接経費)を減らすか、売上を増やすかというどちらかの方法しかないのです。
 そして、外部調達コストは外部との取引価格であるため、人件費よりもコストカットが難しいと考えられます。特に同業種、同規模の2社を比較するような場合は、外部調達コストに大きな差は生じにくいと言えます。
 要するに、自社期間比較や他社比較で付加価値額が増加している場合、販売単価か販売数量の上昇による売上高の増加が要因になっていることが通常です。そのため、付加価値額は収益力そのものだと言えます。
 付加価値額を多く生み出す力があるのは、顧客に求められるような製品やサービスを開発する能力があり、高価格で販売される製品やサービスに対して、顧客が価格相応の価値があると認識しているような企業です。
 このような企業は価格競争に巻き込まれにくいため、コストカットに頼ることなく純利益を成長させる能力があると判断されます。よって、もし上場企業であれば、株式市場で高く評価されることになります。

付加価値額で経済貢献度を評価する

 次に、経済への貢献度について考えてみます。先ほどの図を見ると分かるように、付加価値額は人件費と税引前利益の合計です。

 その人件費の内、約30~40%は「社会保険料、所得税、個人住民税」として、また税引前利益の約30%は「法人税、法人住民税」として、いずれも国や地方自治体に納付されます。さらにこの図には消費税の記載はありませんが、売上が10%課税売上なのであれば、付加価値額の10%が国や地方自治体に納付されます。(消費税も含めた図はこちらの記事にあります)
 要するに、国や地方自治体の歳入における主要な部分は、各企業の付加価値額に応じて増減すると言えます。
 そして、付加価値から国等への納付額を除いた残りの部分は、給与(手取り額)と純利益になっています。

 手取り給与が増えれば、消費活動が活性化しやすいため、経済全体へ好影響を及ぼします。また、純利益とは株主に帰属する利益です。企業に対してリスクマネーを提供する投資家の利益を増やすことには、資本主義経済の原動力を確保するという意義があります。さらに、この図に記載はありませんが、付加価値の一部には金融機関への支払利息があります。健全な経済であれば、企業は金融機関からの借入れにより設備投資等を行い、付加価値を増大させた上でその一部を利息として支払います。
 以上をまとめると、付加価値額が大きいほど、給与を多く支払う能力があり、また消費税、法人税、社会保険料等の納付額も多額になります。国民にとっての給与収入や、国等にとっての税収は現在の社会基盤であり、その維持を可能にしているのは、付加価値額を生み出す企業活動だと言えます。

生産性

 ただし、付加価値の絶対額を見ているだけで、企業の収益力や経済貢献度を十分に評価することはできません。なぜなら、従業員数や資本規模などとの関係性が考慮されていないからです。例えば従業員が多ければ、付加価値額が大きくなるのは当然です。
 付加価値額を従業員数や固定資産で割り、単位あたりの付加価値額を計算したものを、それぞれ労働生産性や資本生産性などと言います。なお、単に生産性という言葉が用いられている場合は労働生産性を意味していることが通常です。
生産性 = 1人あたり付加価値額 = 付加価値額 / 従業員数

 ここで誤解がないよう注意が必要なのですが、ここでの生産性は「生産効率」という意味ではありません。分子の付加価値額は、「売上高-外部調達コスト」として計算される金額であり、売上から計算されるものなのです。*1 
 数値例として、1か月に生み出した付加価値が1,000円であるA社とB社があり、A社の従業員数は10人で、B社の従業員数は5人である状況を考えます。
 この場合、一人当たりの付加価値を計算すると、A社は100円、B社は200円となります。付加価値額は同じでも、生産性には2倍の差があります。
 生産性が低いA社と高いB社を比べると、給与支払いや税額等の総額は、ほぼ同じになります。しかし一人あたりの平均値を比較すると、B社の平均給与はA社の2倍近くになり、税金等納付額も2倍近くになります。(労働分配率が同程度であれば *2
 日本の平均給与は国際的に見て低い水準にあることが分かっており、平均給与を上げることが社会課題となっています。B社のように平均給与を引き上げるためには、生産性(一人あたり付加価値額)を高い水準に引き上げる必要があることが分かります。生産性が低いままで無理に給与水準を上げたとしても、長続きはしません。

付加価値とGDP

 先ほどの図中、左側には一つの企業単位(当社)における付加価値が示されていますが、その上部「外部調達コスト」の部分は他社によって生み出された付加価値を表しています。図の一番右側に「GDP」とあるように、国内全体の付加価値を合計すると国内総生産となります。
 GDPの規模は社会安定化のためにはとても重要です。先述の通り、国や地方自治体の歳入における主要な部分は、各企業の付加価値額に応じて決まります。各企業の付加価値額の合計がGDPであるということは、GDPに応じて国や地方自治体の歳入が、おおむね決まるということになります。
 今後、日本では少子高齢化が進み、40年後の2060年ごろには、労働年齢人口は現在の約70百万人から約40百万人まで減少する一方で、高齢人口は現状の約35百万人とほぼ変わらないという推計があります。
 国による歳出の主要な部分を占める社会保障関連費用は主に高齢者に対して使われることを考えると、歳出の総額はあまり減少しない一方で、歳入源である付加価値額を生み出す役割を担う労働年齢人口だけが、3/5くらいにまで減少することになります。
 先ほどの「GDPに応じて国や地方自治体の歳入が決まる」という点を踏まえると、日本の目標は「労働年齢人口が3/5になってもGDP水準を維持する」という内容になると考えられます。
 この点と、企業単位での生産性を合わせて考えると、先ほどのA社とB社の比較が重要な示唆を持つことが分かります。つまりB社のような高い生産性がもたらす効果は、平均給与を上げられるという事だけではなく、「少ない人数で多くの付加価値額(GDP)を生み出すことができる」という事もあるからです。

付加価値額を増減させる要因

 ここまで、付加価値という概念が持つ重要性について様々な角度から見てきました。では、付加価値額(売上高ー外部調達コスト)はどのような要因により増減するのでしょうか。
 先ほど収益力の話で述べたように、付加価値額が増えたとすると、売上高が増加したか、外部調達コストが減少したか(あるいはその両方か)という可能性があります。この内、外部調達コストが減少した可能性も当然あるわけですが、この場合は調達先の付加価値額を減らしたことになるため、GDP全体としてみると一定になります。よってこのパターンは社会的に見て望ましいとは言えません。
 GDPを増大させる方向である売上高増加のパターンについて考えてみると、その要因には当社の経営努力によるものと、外的状況によるものという二種類があります。
(1) 経営要因

  1. 既存製品やサービスに対して高付加価値化という改良をした結果によるもの
  2. 高単価・高付加価値額である製品やサービスを開発した結果によるもの

(2) 外的要因

  1. マクロ経済状況により売上が増加したもの(販売単価上昇か販売数量増加)
  2. 市場環境により売上が増加したもの(例:旅行業界におけるインバウンド需要)

 企業を外部から分析して、付加価値額が増加している場合には、(1)経営努力によるものなのか、それとも(2)外的要因により売上高が増加しただけなのかを見極めることが必要です。
 仮に経営改善により高付加価値事業への転換が成功したのであれば、それは経営力があることの証明になります。
 一方で外的要因に基づく付加価値額の増大であれば、外的状況が元に戻れば、付加価値額も元に戻る可能性が高いと言えます。

 

*1:経済学において、生産性という言葉が「生産効率」そのものを意味することもあります。詳細はこちらの記事をご参照ください

*2:労働分配率とは、付加価値に占める人件費の割合のことです。おおまかにいうと、企業が稼いだ利益の内、何割を人件費として振り分けているかを表しています。
労働分配率=人件費/付加価値