百厘経済政策研究所

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企業における生産性を考える

 

生産性の定義

 近年、日本経済を語る上で「生産性」は欠かせない言葉になっていますが、これが何を意味しているのかを把握する際は、それが使われている文脈を知る必要があります。

 通常は、日本全体の生産性という文脈であれば、生産性は1人あたりGDP (=GDP / 全人口)を意味し、個別企業の生産性という文脈であれば、生産性は当該企業における1人あたり付加価値額(=付加価値額 / 従業員数)を意味していることが多いようです。GDPは、国内の全事業者における付加価値額を合計したものと等しいため、これら二つの指標には「一人あたり付加価値額」を国単位でみるか、企業単位でみるかという違いしかありません。

 今後の日本経済において鍵を握るのは「生産性向上」です。企業単位での生産性が上がれば、その集合体である日本の生産性も上がりやすいという関係にあります。*1

 個別企業において付加価値がどのような意義を持つのかについては、こちらの記事で考察しました。そこで述べた事ですが、付加価値の絶対額を見ているだけでは、企業の収益力や経済貢献度を正確に測ることはできません。なぜなら「付加価値」単体では、従業員数など企業規模との関係性が考慮されないからです。そのため、先ほどの生産性という概念を導入し、1人あたりの付加価値額を算定する必要があります。これは労働量との関係性を表しているので、労働生産性と呼ばれることもあります。この他にも、付加価値額を固定資産残高で割ることで、資本生産性を分析することもあります。なお企業単位での分析において単に生産性という言葉が用いられている場合は、労働生産性を意味していることが通常です。
生産性 = 1人あたり付加価値額 = 付加価値額 / 従業員数

付加価値額= 売上高 - 外部調達コスト

 なお、労働者数あたりではなく労働時間あたりで生産性を議論することで、より正確な分析が可能になりますが、ここでの本論からは外れるため、いったん労働者数あたりとして話を進めます。

個別企業における生産性向上の分類

 では、生産性はどのようにすれば向上するのでしょうか。生産性向上とは、従業員1人あたりの付加価値額を増加させることであり、付加価値額を増加させるには、売上高(=単価 x 数量)を増加させればよいと分かります。

 つまり従業員数が一定だと仮定すると、製品やサービスが有する価値を増加させて、「販売単価」を上げるか、製品やサービスの1人あたり「生産量」を増やすか、というどちらかを実行すればよいと分かります。*2

生産性向上の分類

1. 製品やサービスが有する価値を増加させて、「販売単価」を上げる
2. 製品やサービスの1人あたり「生産量」を増やす

分類1. 製品やサービスが有する価値を増加させて、「販売単価」を上げる

 以下の仕組みにより生産性が上昇します。
高付加価値事業を開発するか、既存製品やサービスの付加価値を高める
=>「販売単価が上がる」ことにより売上が増加する
=> 1人あたり付加価値額が増加

 例えば、競合他社が多く価格競争になりやすい事業領域(いわゆるレッドオーシャン)において、差別化要因が乏しい製品やサービスを生産している場合は、販売単価が低いため1人あたり付加価値額は少額になります。この状態から高単価型事業に移行するには、以下どちらかを実行する必要があります。

  • 既存の製品やサービスに差別化要因となる価値を追加して単価を上げる
  • 新規事業を開発して、高単価の製品あるいはサービスを提供する

 どちらにしても、「顧客のニーズを調査して適切に分析した上で製品やサービスの開発を行い、必要に応じて設備投資や人材投資を行うことで高付加価値化を実現する」という方向の経営戦略が必要になります。

分類2. 製品やサービスの1人あたり「生産量」を増やす

 この場合に留意すべきなのは、多く生産されても売れなければ付加価値額の増加につながらないという点です。つまり、売れ残りのリスクが小さい(変動コスト分が在庫になることが少ない)事業における生産性向上策と言えます。こちらは、以下の仕組みにより生産性が上昇します。
1人あたり生産量を増加させる
=> 1人あたり販売数量が増える
=> 1人あたり付加価値額が増加

 例えば、概ね一定の数量が消費されるような事業(例:鉄道事業、飲食業のピークタイム)や、事前に受けた予約注文に合わせて生産資源を投入するような事業(例:受注生産の製造業、建設業、ホテル業)などにおいては、1人あたり生産量の増加分が、一人あたり売上高の増加額になります。

 なお、こちらの記事では、「ここでの生産性は「生産効率」という意味ではありません」と述べました。これは分類1の観点で生産性を捉えていたということであり、実際にはこの分類2のように、生産性という言葉が生産効率を意味することもあります。

 経済学においては、生産性という言葉には2つの意味があります。式で表すと、
生産性=(生産高 or 付加価値額)/ 投入資源
となります。つまり分子には二通りあり、どちらが用いられるかによって生産性の意味は変化します。
 生産性を生産効率という意味で捉えた場合には、生産設備や生産技術のイノベーション、並びに労働力や原材料使用の効率化を通じて、生産数量をどれだけ増やせるかというトピックになります。この議論はマクロ経済的には、社会全体の供給能力(潜在的なGDP)を測る上で重要な意義があります。*3
 しかも特に今後の日本においては、人口動態に起因する労働者不足への対策が重要になります。つまり、「労働者1人あたりの生産量」という指標を改善することなしに、GDP水準を維持することはできません。
 以上の観点から、生産効率という意味での生産性向上へ向けた取り組みはこれまで以上に重要なテーマになります。

高付加価値化に基づく「販売単価上昇」の必要性

 一方で先ほど述べた「分類1. 販売単価を上げる」は、生産効率とは全く異なる種類の議論です。こちらは顧客ニーズを正確に把握するところから出発するという意味で、マーケティング主導の生産性向上とも言えます。

 販売単価を上げることによる付加価値額の増大は、日本経済において必要不可欠です。なぜなら、GDP規模を現在と同水準に保つために付加価値額を維持しようとしたとき、労働者1人当たりの生産量を引き上げる(先ほどの分類2)だけでは足りないからです。
 足りないと考える根拠には、1人当たりの生産量を引き上げる余地の問題もありますが、それ以上に大きな問題があり、それは国内における消費市場が大きく縮小することです。
 日本の人口は今後40年間で35百万人くらいが減少するという推計があり、それだけでも消費市場としては現在の2/3くらいの規模になる可能性があります。しかもその減少する約35百万人の内、消費活動の中心である15歳から65歳までの年齢層が約30百万人分を占めます。つまり消費金額を考慮に入れると、国内の市場規模は、現在の半分近くにまで縮小する可能性があります。
 これを前提とすると日本企業に求められることは明確で、国内市場で販売価格を引き上げて付加価値額を稼ぐと共に、現状でGDPの2割弱しかない輸出を増やし、海外市場で高付加価値サービスや製品を販売していくことです。欧米など日本人よりも所得水準が高い国に進出し、高価格帯の製品やサービスを販売することで付加価値額を確保する必要があります。
 国内市場について補足をすると、国内では販売数量が激減するため、販売単価を大幅に引き上げていく必要があります。
 日本人は所得水準が低いため高価なものは買えないなどと言われることもありますが、海外から高価格帯の製品やサービスが参入してきて、十分な売上を確保できているような事例は数多くあります。例えば、スマートフォンや飲食事業などです。

 しかも労働者不足へ対応していく意味でも、高価格帯への移行は好都合です。特に飲食、小売、アパレル事業などにおいては、大量に生産したものを低価格で販売をする事業形態よりも、少量を製造して、高価格で販売する事業形態の方が、業務オペレーションに要する人数は少なくて済みます。

高価格を実現するためには

 繰り返しになりますが、「より高い価格で、より多く売る」ためには、まず顧客ニーズを正確に把握することです。

 かつて日本では携帯電話事業におけるガラパゴス化が話題になりました。コストを投じて開発、生産した製品が、世界市場では奮わず、日本独自の製品仕様として販売されていたという事象です。

 この原因としては、企業側が考える価値と顧客側が考える価値とが異なっていたという可能性や、企業側が考える価値には実際に顧客にとっての価値があったにも関わらず、販売戦略の失敗によりそれを認知させることができなかったという可能性などが考えられます。いずれにしても「正確に把握した顧客ニーズを製品開発に反映させ、それを顧客に認知させる」というマーケティングのフローに問題があったと言えます。
 現在においても、高付加価値化に伴う販売単価上昇という方向性とは相容れないと思われる事象を目にすることがあります。
 例えばホテルに宿泊すると、シーツにパリっとした糊付けがされていることや、カバーシーツがマットレスにびっちりと押し込まれていることが印象的です。つまり事業者は「清潔感や非日常感という印象を与えられる」というメリットが、作業量増加などのデメリットを上回ると判断していると考えられます。しかし、顧客目線で見たときに、それらに価値を感じて追加料金を支払ってもよい考える人が少ないのであれば、これは「販売単価が上昇しないことに対して労働力など生産資源を投じている(=生産性を下げている)」ことになります。このような無駄な工数を省くことで、例えばチェックアウト時間で柔軟な対応をするなど他の付加価値の提供が可能になるかもしれません。
 以上は単に論点理解のために挙げた具体例であり、実際に外野からこのような指摘をすると事業者からは「そんなことは考慮した上で、利益期待値がプラスと判断したからそうしている」という反論が返ってくることが通常です。おそらく上記の話もそうなのでしょう。しかし一般論として、世の中にある全ての事業活動において「顕在的、潜在的を問わず全ての顧客ニーズを考慮して最適な製品やサービスを提供できている」とは考えられません。

 現在は以前よりも消費者におけるニーズが多様化しており、また、「お金をかけるものにはかけるが、それ以外には使わない」という二極化も進んでいると言われています。つまり、消費者が「高額でも買いたい」と感じている製品やサービスを提供できるか否かという経営能力の差によって、個別企業が稼ぎ出す付加価値額は大きく変わることが予想されます。

まとめ

 今後の日本経済においては、GDP規模を維持するために生産性の向上が必要不可欠です。それを実現する上では、

  • マーケティング主導で高価格事業へ転換する
  • 高価格製品やサービスを輸出して海外市場で稼ぐ
  • 生産効率を高めて1人あたり生産数量を増やす

という3点が鍵を握っています。

 

 

*1:実際には日本全体における労働参加率によって変わるため、方向が必ず一致するとは限りません。詳細はこちらの記事をご覧ください。

*2:なお「外部からの調達コストを下げる」ことによる付加価値額の増加も可能ですが、この方向での生産性向上は変化の余地が小さく、しかも調達先の付加価値額を減らすことになるため、社会全体の生産性を上げることには繋がりません。

*3:関連記事はこちらをご覧ください。