百厘経済政策研究所

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消費税減税の検討

 消費税減税に関する論点は、次の2つに分けられます。

  • 税収の内訳:税収規模を一定に維持する場合に、消費税が占める割合は適当か
  • 減税および国債発行を前提とした場合に、消費税減税を実施すべきか

 この二点目に関して、「政府債務における拡大余地の有無」という問題を解決することなしに消費税減税を主張することは無意味です。議論の順番として、先に国債発行額に関して双方で合意を形成することできれば、それに合わせて税収規模も決まるため、一点目の「税収の内訳」という論点に移ることができます。
 本稿では、「税収の内訳:税収規模を一定に維持する場合に、消費税が占める割合は適当か」について考察します。そして、ここでいう「適当」とは、「短期から長期までを考慮した上で、税収効率を最大化する」という観点から評価します。

 この議論においては、法人税や消費税の負担者を根拠にして各税制における適切な税率が論じられることがありますが、税の負担者を根拠にすることで、むしろ税率の全体最適化は難しくなるとも考えられます。
 現状の税収ベースで考えると、大半を占めるのは「事業活動により生み出される付加価値額」の各部分に課税された税金であるという認識に基いて税率を決定することで、様々な事業者に対する、より効率化された税負担が実現されやすくなります。

 税収の源泉となるのは事業により生まれる付加価値額であり、「事業活動を活性化させて付加価値額を増大させることで、長期的な税収効率が最大化する」という理論です。この点については後ほど詳述します。

税収に占める消費税の割合は適当か

 消費税減税とセットにして論じられることが多いのが法人税です。法人税について特徴的なのは、税引前利益が赤字となり納税をしていない企業が多いという点です。したがって仮に法人税率を上げると、既に法人税収に貢献している一部の黒字企業だけに対してさらなる負担を強いることになります。

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 こちらのデータによると、利益を計上している法人の割合は約38%しかありません。この数値は法人税の納付状況と完全には一致しないと考えられますが、おおむね6割の法人は法人税を納付していないと推測できます。
 一方で消費税であれば、課税標準がマイナスになりにくいため、大半の事業者は納付をしていると考えられます。このような違いが生じる理由は、消費税では、人件費が課税仕入れとして認められない点にあります。
 法人税は会計上の税前利益に対して課税されるため、たとえ儲かっている企業であっても、役員報酬など人件費を高額に設定しておくことで税額を減少させることが、ある程度は可能です。
 一方、消費税法においては役員報酬や給与、賞与などの人件費は課税対象外取引であるため費用から除外されます。したがって人件費を高額に設定しても税額を減少させることができません。
 つまり、国内で行われている全ての事業活動から、その売上規模に応じて均等に徴税を行うことを考えると、消費税は法人税よりも優れています。
 これについて、下図を使ってさらに詳しく考えてみます。

税金の源泉である付加価値額

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 消費税は、事業者が獲得した利益である付加価値額に課された税金と見ることも可能です。付加価値額に応じて消費税収が決まるからです。さらに、付加価値額を源泉とする税金は消費税だけではなく、(給与所得に係る)所得税や法人税なども、この付加価値額の一部から納付されています。*1
 現在の税収規模は合計で約60兆円であり、消費税と所得税がそれぞれ約20兆円、法人税が約10兆円、その他が約10兆円となっています。つまり税収の大半は事業活動において事業者が生み出した付加価値額を源泉としています。各々の税率決定は、「付加価値額のどの部分に何パーセントを課税するか」という話でしかありません。

 そして、消費税を減税する場合、その減少分を所得税と法人税で賄うことになります。消費税率を0%にするのであれば、20兆円を別途、増税により徴収する必要があります。

消費税減税分を法人税で補完する

 まず最初に、20兆円を法人税増税として確保する可能性を検討します。先ほど述べたように、3~4割程度しかない黒字企業が納付する法人税により、およそ10兆円の税収が確保されているというのが現状です。法人税率は税引前利益に対して約23%ほどが課されています。(地方税も含む法定実効税率は約30%)
 その10兆円に加えて消費税分の20兆円も確保しようとすると、単純計算では金額が3倍にするために税率を3倍にする必要があり、法人税率は69%となります。(地方税も考慮に入れると、さらに負担税率は上がります)

 法人税納付後に残る利益剰余金は、将来に向けた投資に使われます。冒頭で触れたような長期的な税収という観点からは、長期的な付加価値額の増加を促す必要があります。現状で黒字を確保して法人税を納付している企業に対して、将来の成長力を削ぐような税負担を課すよりも、法人税率を一定としたままで、税前利益の増加に伴う法人税額の増加を目指すという方法に合理性があると考えられます。

消費税減税分を所得税で補完する

 では、給与への課税はどうでしょうか。

 給与額に課税される税金には所得税(5%から45%)のほかに個人住民税10%があり、その他に社会保険料として30%弱が課されています。*2

 これらを合計すると、日本の平均給与である年収4百万円に対しては、概算で40%弱の税金等が既に課されていることになり、しかもその一つである社会保険料率は、今後さらに上昇することが予想されています。したがって、消費税減税分の穴埋めをするほどの課税余地は、給与課税においては存在しないと考えられます。
 以上まとめると、事業活動から生じる利益に対する課税として、現状では消費税20兆円、法人税10兆円、所得税20兆円が税収となっていますが、消費税を減税した分を、法人税や所得税を増税して補うことは難しいという結論が導かれます。

外資系企業による国内事業

 さらに、税率を考える際には国際的な観点も考慮する必要があります。
 1980年代以降、世界各国が自国への事業投資を呼び込むために法人税率を引き下げる動きが活発化し、世界的な税率引き下げ競争が起きています。このような潮流を踏まえ、日本でも法人税率の引き下げが実施されました。
 法人税率を引き下げることで海外からの投資を呼び込み、経済成長(付加価値合計額の増大)を実現しようとする政策は合理的ですが、税収面での問題が一つあります。それは、日本国内で生み出された利益が海外に移転してしまうという点です。
 例として、海外企業A社が保有する商標権などの権利を利用して、国内事業者B社が事業展開を行う場合を考えます。A社とB社との関係は、単なる事業提携の場合や、A社が100%資本金拠出をした完全子会社である場合など、様々あります。

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 B社は海外企業A社に対して権利使用料を支払う契約を締結し、それを利用して売上150を獲得します。仮に権利使用料が増額されて販売価格150が変わらないとすると、費用が増加して税引前利益が減少するため、法人税額も減少します。*3
 つまり、日本市場で獲得された付加価値額の一部が海外に移転してしまい、法人税課税の対象から除外されていることになります。*4
 この点に関して、消費税を導入するとどうなるでしょうか。なお、B社からA社への支払いは国外取引として消費税の課税対象外取引であり、かつA社以外への支払いは無いものとします。

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 B社は消費者への販売に際して消費税15を上乗せして代金を受領し、その15を納付します。この納付税額は権利使用料とは無関係に算定されるため、仮に権利使用料が増額されたとしても減少しません。つまり、権利使用料の増額により利益(付加価値額)の海外移転があったとしても、消費税の税収は変わらないことになります。*5
 要するに、法人税率引き下げにより海外から国内への事業進出を促し、そこから生み出される付加価値額65の一部として、消費税15、社会保険料および所得税等16、法人税等3という歳入を得られるというのが現制度の概略です。

輸出企業への消費税還付は不当か

 以上のように、消費税制度には税収上の利点が認められる一方で、輸出企業に対して還付される消費税が不当な益税であり、公正性を害しているとする批判もあります。

 輸出売上に関しては消費税法上、3通りの取り扱いが考えられ、輸出企業にとって有利となる順序で記述すると次のようになります。

  • 輸出売上の消費税率は0%として、支払った消費税の還付を行う(現行の消費税法)
  • 輸出売上の消費税率は0%として、支払った消費税の還付は行わない
  • 輸出売上の消費税率は、国内売上と同一とする

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 仮に、消費税は納付事業者の付加価値額に対して課税される付加価値税であるという見方に基づくと、B社は付加価値額100に対して消費税を納付せず、むしろA社負担である消費税10がB社に対して国から支払われるため、B社が不当に利益を得ているとも考えられます。

 しかし消費税が納付事業者の負担なのであれば、輸出相手国における付加価値税はB社が負担していることになります。*6
 この相手国への納付20を含めて考えると、B社の納付税額は20-10=10であり、国内消費者へ価格220で販売した場合と全く同じ税負担となります。つまりB社は付加価値額に応じた負担を負っているため、不当な利益を得ているとは言えません。
 あるいは、B社にとっての税負担を基準にするのではなく、日本政府にとっての税収を基準にすると、先ほどの消費税制度1番ではなく、2番や3番を採用し、輸出企業に対してだけ追加の負担を課すべきだとする主張があるかもしれません。
 しかし輸出企業に対して税負担を追加することは、短期的には消費税収増というプラスがあるものの、中長期的には輸出企業の体力を消耗させることになり、税収という観点からはマイナスの方が大きいとも考えられます。

輸出を促進する必要性

 税制度設計の主眼は、消費税収を最大化することではなく、その他の税収等を含めた国家歳入を最大化することにあります。上図では、輸出企業B社が行う事業活動により、100という付加価値が発生しています。この100の中には法人税6、所得税および社会保険料40が含まれています。

 国内市場は海外市場に比べて供給飽和に陥りやすいことを考えると、輸出産業には海外市場での売上により付加価値額を生み出してもらい、税収合計の最大化を図ることに合理性があります。
 しかも輸出売上割合が高い企業には、上場している大企業が多く、通常それらの企業は法人税の納付額が多額であるとともに、平均給与が高いことから所得税における貢献度も高い傾向にあります。
 つまり、内需産業からは消費税を中心に税収を確保し、輸出産業からは法人税と所得税を中心に税収を確保するというのが、税収効率の最大化という観点からは適当だと言えます。
 さらに、国内市場は今後の人口減少や高齢化に伴い、市場規模は急激に縮小していくことが予想されます。その環境下で、内需産業による付加価値額の規模を維持することは至難の業です。これを考えると、現在GDP比で2割未満しかない輸出について、その割合を増加させ、そこから生み出される付加価値額の増加に取り組む必要があります。

まとめ

 税収の大部分は、「事業活動により生み出される付加価値額」の各部分に課された税金により賄われています。中長期的な事業活動の活性化に留意した上で税収を最大化するためには、消費税率を引き上げることは考えられても、引き下げることは難しいと言えます。
 そして国内市場においては、外資系企業など様々な事業者がより多くの付加価値額を生み出すための環境を整備し、消費税と所得税を中心とした税収確保を目指す必要があります。
 一方で縮小傾向にある国内市場とは別に、輸出売上による付加価値額の増大を促進し、法人税と所得税を中心とした税収確保を目指す必要があると言えます。

 

 

 

*1:なお所得税が課される個人所得には、給与所得以外にも、事業所得、不動産所得、配当所得などがありますが、事業所得と不動産所得は個人が事業を行った場合の利益であり、配当所得は企業において計上される純利益の一部ですので、結局のところ所得税のほぼ全てが、「事業活動において発生する付加価値額」の一部だと言えます。

*2:社会保険料の負担は労使折半であるとされていますが、社会保険料や所得税の負担者を考えることの意義は小さいと言えます。重要なのは、事業活動から生み出させる付加価値額のどの部分に課税をすることが、中長期的に税収を最大化するかという点だと言えます。

*3:海外の関連企業との取引には移転価格税制が適用されるため、取引価格を任意に決定することはできませんが、それでも裁量の余地は十分にあります。

*4:海外への支払いにおいては、国内源泉所得に係る源泉税20.42%が課税される場合には税収につながります。ただし、相手国との租税条約により免税になることもあります。

*5:B社からの権利使用料の支払いが国内取引となるケースも考えられます。この場合、B社が納付する消費税額は15-10=5となり減少しますが、権利使用料を受領した側が別途、課税売上100に対応する10を消費税として納付することになり、税収合計としては15のままで減少しません。

*6:日本では輸入に対して輸入消費税を課していますが、相手国においても日本からの輸出に対して付加価値税が課せられます。もしも相手国における税率が10%であればB社は取引価格220で販売し、20を相手国に納付しています。(実際にはB社から購入した相手が20を納付します)