百厘経済政策研究所

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所得増大シリーズ 第2章 給与低迷の原因分析

日本人の給与が低い要因は

 第1章をご覧頂いた際に、日本人の給料が低いのは仕事の質が低いからではないか、と思われた人もいるかもしれません。しかし World Economic Forum のレポートによると、日本人労働者が提供する仕事の質は、世界トップクラスとされています。もちろんその評価基準が給与水準と関連するとは言い切れませんが、「仕事の質は少なくとも平均以上であるにも関わらず、給与は低い水準にある」と言えることは間違いなさそうです。

 ではなぜ、日本は出遅れてしまったのでしょうか。すぐに思いつくのは、以下2つの可能性です。

① 企業は儲かっているのに、給料を出し渋っている。
② そもそも企業が儲かっていない。

 しかし②について、日経平均株価は今年2021年に3万円台をつけ、また上場企業は昨年のコロナ禍を除けば過去最高益を連発していましたし、2021年4~6月期決算は純利益の合計額が前年同期比で2.8倍となり4~6月期としては最高となっているとの日本経済新聞報道がありました。
 したがって②は否定することができるため、①企業は儲かっているのに給料を出し渋っているのではないか、という可能性について検証するべく、関連データを追いかけてみましょう。

企業は利益を従業員へ分配していない?

 まず、平均所得を要素分解してみます。平均所得=給与総額/労働者数 なので、間にGDPと労働時間をはさむと、

平均給与=(給与総額/GDP)×(GDP/労働時間)×(労働時間/労働者数)
    = 労働分配率 × 時間あたり労働生産性 × 平均労働時間

と表すことができます。
 先ほどの可能性①は、この右辺にある労働分配率が低下したことによる左辺・平均給与の減少を意味していることになります。

 では実際に数値を見ましょう。後々にも使いますので、まずは労働分配率の計算式を変形しておきます。

労働分配率= 給与総額 / GDP
     =(給与総額/労働時間数)/(GDP/労働時間数)
     = 平均時給 / 時間あたり労働生産性

 この労働分配率の期間推移を示しているのが下記、資料A「Average wages / Hours workedと、GDP per hour workedとの比率」グラフです。

 

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 これを見ると、日本の労働分配率は過去30年間で下落していますが、直近2020年の労働分配率0.50はOECDで14位であり、低すぎるとは言えません。むしろ、30年前の0.57が国際的に高い水準にあったといえます。
 言い換えると、日本の労働分配率は、国内での過去比較では低下しているものの、直近の労働分配率は国際的に見て低いとは言えない、ということになります。つまり、このデータからは①給料を出し渋っているかについて明確な回答は困難です。

 

 では他の項目もみてみましょう。平均給与を分解した右辺の2つめ、時間あたり労働生産性です。
 資料B「GDP per hour worked」(時間当たりGDP)は、とても興味深い結果を示しています。

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 直近2020年で日本は48.1ドル(21位)とOECD平均53.9ドルを大きく下回っており、これが平均給与の低迷要因のようにみえます。
 しかし過去30年間の推移では、30年前の31.3ドルに比較すると+53%と大きく改善しており、伸び率としてはOECD平均の+40%を上回っています。
 まとめると、過去から現在まで、国際比較で日本の労働生産性は低いものの、改善率としては他の先進諸国を上回っています。

 

 では最後に平均労働時間をみてみましょう。資料C「Hours worked」を添付しています。

f:id:ichiwariJP:20211104170450p:plain


 これを見ると、労働時間数は顕著に下落しています。
 直近2020年の年平均1,598時間はOECDで17位、期間比較では30年前の2,031時間から実に21%も減少しています。数値の上では、この平均労働時間の減少が、ここ30年間の日本人の平均所得の低迷を最も的確に表しているようにみえます。その要因としては何が考えられるでしょうか。平均労働時間だけでなく、総労働時間数も確認しておきましょう。
 総務省資料によれば、日本の生産年齢人口(15歳以上65歳未満)は1990年代にピークを付けた後に減少に転じていますが、一方OECDのLabour force推移をみますと、日本の労働者数は、

1990年 63百万人 => 2000年 67百万人 =>  2010年 66百万人 => 2020年 68百万人

と増加基調にあります。
 1人あたり労働時間については、改めてHours worked推移を整理しますと、

1990年 2,031時間 => 2000年 1,821時間 => 2010年 1,733時間 => 2020年 1,598時間

と継続的に減少していますので、両者を乗じた総労働時間数としても、

1990年 129.6 => 2000年 123.2 => 2010年 114.9 => 2020年 109.7(単位:10億時間)

と同様に継続的に減少しています。
 従って、2010年頃までの持続的な円高に伴う製造業を中心とした海外移転による国内雇用の減少や、近年の残業時間減少、また非正規雇用に代表される多様な働き方の推進、機械化の進展による雇用減少等により、総労働時間、1人あたり平均労働時間ともに減少してきていると考えられます。

 ただ、物事には様々な視点がありますので、平均労働時間の減少が絶対的な要因というわけではありませんし、また、労働時間数の増大を解決策とすることは、健全な持続性という観点からは慎重にならざるを得ません。

 

 状況を整理するため、改めて比率を確認してみましょう。

*直近2020年のOECD平均に対する日本の比率をみると、
平均所得=労働分配率×時間あたり労働生産性×平均労働時間
78% = 93% × 89% × 95%
となります。国際比較という意味では、しいていえば時間あたり労働生産性の低さが日本の平均所得低迷の最たる要因といえますが、概ね3要素とも影響を与えているとの見方ができます。

*日本の1990年-2020年比較では、104%=87%×153%×79%となります。よって国内の期間比較では、平均所得が低迷した要因は前述の通り、平均労働時間の短縮にあるといえます。

*OECD平均の1990年-2020年比較では、133%=104%×140%×91%となります。よって、OECD平均との格差が開いた要因は、労働分配率の悪化が要因ということができます。(104%-87%と最も差が開いたため)

このように、どこに視点を置くかによって、要因は変わってくると言えます。

まとめ

 最後に、平均給与が上がらない理由を整理します。

平均給与=労働分配率×時間あたり労働生産性×平均労働時間

 労働者への分配については、近年若干の低下はみられるものの、世界的にみて顕著に低水準なわけではありません。
 次に、日本の労働生産性は昔から低かったものの、近年は国際比較では高い伸び率で改善傾向にあります。
 最後に労働時間に関して、期間推移においてはこれが他2つに比べて大きく下落しています。以前は正社員の長時間労働により労働生産性の低さを補完し、一定の所得を得ることができていました。しかし近年は海外への事業移転や多様な働き方の推進、機械化の進展等により平均労働時間は減少してきており、その結果として平均所得は伸び悩んでいます。


 そして重要なことが、ここまで論じられていた平均給与とは額面収入の話であり、手取りではないということです。急速に高齢化が進む日本にあっては、社会保障費負担の増大もあり、可処分所得の減少傾向はますます強まっていくと推測されます。

 

 さて、日本が出遅れている要因について概括的には掴めてきたと考えますが、原因分析にとどまっていては何の意味もありません。
これらの諸問題を解決し、豊かな日本を取り戻すためにはどうすれば良いのか、具体策の提案およびその理論確認へと進みます。