百厘経済政策研究所

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2021年 補正予算の検討

 11月19日に政府が閣議決定した経済対策は55.7兆円規模であり、過去最大と言われている。そして11月26日に閣議決定された補正予算は総額31.5兆円となっており、これに過去に予算計上された金額や、翌年度に予算計上される金額を追加すると経済対策55.7兆円になるという関係にあるようだ。今回は補正予算31.5兆円に関してのみ検証を行う。
 なお、この直前には財務次官が財政悪化懸念を表明したことが世間を騒がせたが、大規模な財政出動を決めた岸田首相が、緊縮財政を訴える財務省を封じ込める形となった。今回の予算案が財政悪化リスクを負ってでも実行する価値のあるものなのか、誰しもが注目するところであろう。

政策評価の基準

 まず、本稿でどのような点を重視して検証を行うのかを明示する。
 経済政策の最終目標とは、「資本主義経済の仕組みを利用して、国民に経済的豊かさをもたらすこと」である。

 この資本主義経済の仕組みとは、事業活動が利益(付加価値額)を生みだし、それが次の三者に分配されるメカニズムを意味している。

  • 従業員(役員を含む。)
  • 政府(税収として国庫に入り、社会に還元される。)
  • 企業(純利益であり、投資家利益とも言える。)

 国民の大部分は何らかの事業活動に従事して収入を得ている従業員である。また、付加価値額の合計額がGDPであり、GDPが増えることは経済成長と呼ばれる。つまり先ほど述べた経済政策の最終目標は、「経済成長により、従業員の所得を増加させる」と言い換えることができる。
 現在の日本経済における切迫した課題の一つは、国際的に見て低い水準にある従業員の平均給与を引き上げることである。しかも今後の高齢化社会を考えると、働く世代に課せられる税金等の負担は増すばかりである。仮に平均給与を上昇させることなしに税負担を増大させてしまえば、それらの差額である可処分所得は大幅に減少することになる。日本社会の将来を考えるのであれば、これは到底容認できない。
 以上を要約すると、経済政策の最終目標である「従業員の所得を十分な水準に引き上げること」が危ぶまれており、その理由は以下二つである。

(1) 現状で平均給与水準が低い。
(2) 将来的に納税等負担が増加するため、たとえ平均給与が一定でも可処分所得は減少する。

 一方で、岸田首相が自民党総裁選の頃から政策方針として打ち出していたのは、「成長と分配の好循環」「令和版所得倍増計画」などであった。前者は、経済成長に伴う税収増を格差是正を目的とした分配につなげ、その分配が生み出す消費が経済成長につながるという循環を意味している。まさにこの国難ともいえる現状に対して真正面から取り組む姿勢を示したため、大いに期待を抱かせるものであった。
 以上の観点を踏まえて今回の補正予算案を検証するのであれば、当然ながらコロナ禍対策など短期的な視点も無視できないものの、「働く人々を中心とする国民の所得を増やしていく道筋を、どの程度まで明確に示すことができるのか」という基準が重視されるべきである。

補正予算案31.5兆円の内訳

 財務省ウェブサイトでの公表資料では、次の通りとなっている。

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 これを見ると、大分類から小分類まで設けられているが、その中身との整合性が不明なものも見受けられる。したがって正確な分析を行うために、「社会安定化」「成長」「分配」という3つの観点から分類し直すことする。
 「社会安定化」には、コロナ禍や自然災害などの非経常的な損失に対応するための支出が該当する。対応には、事前と事後がありえる。
 「成長」には、事業活動が生み出す利益(付加価値額)を持続的に増加させるための支出が該当する。今後の中長期にわたって効果が期待されるため、政府による「投資」であると言える。なお経済成長が平均給与の上昇に必ずつながるとは断定できないが、持続的な給与引き上げには付加価値額の増加が必要不可欠である点には留意すべきである。
 「分配」には、不当な経済格差を是正するための所得再分配や、景気刺激等を目的とした一時的な給付が該当する。ただし所得再分配や景気刺激という目的に適合していないこともあり、また経済成長への貢献が乏しいため、「バラマキ」と表現されることもある。

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「成長」支出は2.9兆円のみ

 先ほどの分類に基づくと、社会安定化に7.3兆円、成長に2.9兆円、分配に18.4兆円となる。これらを合算しても31.5兆円には届かないが、これは0.1兆円未満など少額の項目を上記表から除外したためである。
 これを見ると、今回の財政出動における概ね6割は分配であり、将来的な所得増加へ向けた成長のための支出は1割程度であることが分かる。
 「働く人々の平均所得を増大させること」は、役員や従業員による職務遂行の結果として企業が利益成長を果たし、その利益が役員や従業員へと適正に分配されることによる好循環が前提となっている。
 一方で、政府から国民への単なる支給であれば、その瞬間は国民の所得が増加するものの、これは不採算企業がタコ足配当を行うようなものであり、原則として継続性が無い。このように将来にわたっての効果を前提としない支出であることが、先述のように「バラマキ」であるとして揶揄される理由となっている。

乗数効果による分析

 なお、バラマキは経済成長に全くつながらないというわけではなく、消費が喚起されることによるGDP押し上げ効果はある。その効果を分析するにあたっては、乗数効果という概念が役に立つ。
 乗数効果とは、政府支出の何倍が最終的にGDPに寄与するかを考える概念である。
NRIによる解説に基づくと、乗数効果は「子育て世帯給付が0.40、全世帯給付が0.25、企業向け給付が0.41、公共投資関連が0.98」であるとされている。一般に公共投資は、それ自体が有効需要となることに加え、数多くの事業者を巻き込むことになるため波及効果があり、乗数効果が高くなる。関連事業従事者への給与がさらなる消費につながるということである。
 つまり、成長につながる需要創出という観点からは、単なる給付はそれこそバラマキであり、合理性が全くない支出である。

公的福祉としての給付

 一方で国民への給付金は、格差の是正や、あるいは非常事態における生活救済という観点から正当化されることもある。しかし、今回の給付対象がその目的に照らして合理的に選定されたかについては疑問の余地が大きい。
 特に「成長と分配の好循環」という観点から考えると、成長の原動力たる「働く人たち」の大半が対象から除外されている点は、どのように正当化できるだろうか。社会運営の合理性から考えると、働く人の勤労および納税意欲を損なうという意味で、損失は大きいと考えられる。

社会安定化7.3兆円

 続いて、社会安定化のための7.3兆円について検証する。
 この大半は、新型コロナウイルスへの対応コストであり、これは直接的には経済成長にはつながらないものの、当然に必要なコストだと言えよう。
 また防災、減災、国土強靭化のためのコストについても、前述の通り公共投資関連は乗数効果が高いことにも鑑み、また国家安全保障の観点からも必要であるとの結論が導かれる。

成長2.9兆円

 そして最後に、本丸である成長2.9兆円について検証する。
 冒頭で述べた通り、これからの日本において、経済成長の重要性は高まるばかりだが、経済成長が仮に一過性のものであればその意義は乏しい。安定的な好況を実現するためには、経済構造を転換し、企業が付加価値額を十分に生み出すという意味での収益力を定着させなくてはならない。たとえコロナ禍対策が奏功して以前の状態に経済が復旧したところで、企業構造が元のままでは行き詰まりは目に見えている。
 こう考えたときに、成長のために費やされるのが補正予算のうち僅か1割、2.9兆円しかないことに失望を覚えるのは自然であろう。この2.9兆円という絶対額の多寡について明言することは容易ではないが、割合が低すぎる点は明らかである。
 予算規模の30兆円や50兆円という水準については、財政健全度に対する認識の相違があり、賛否が分かれている。この点に関して、これまでの金利等の分析から、一定の財政出動余地は残されていると考える立場に合理性が認められると筆者は考える。
 しかしながら、MMT拡大解釈派のように、無尽蔵に財政拡大余地があるとする考えには慎重にならざるを得ない。いつ制御不能なインフレが発生するのかは予知できないことを考えても、真に必要な支出に限定して実行するべきである。そして成長(と従業員への適正な分配)につながる支出こそが、きたる日本社会の危機を迎え撃つために、真に必要な支出である。
 また、給与水準を引き上げていく姿勢が見られないことも気になる点である。一体、所得倍増計画はどこに行ったのだろうか。
 例として、看護、介護、保育、幼児教育における賃金上昇に対する予算額は僅か0.2兆円である。コロナ禍における医療従事者への負荷増大は国民の誰しもが知るところであり、その待遇改善は国民の総意であるともいえる。さらにそれ以前から、介護や幼児保育等における待遇改善の必要性があったことにも疑いの余地はない。この状況を踏まえてなお実効的な政策を推進しない理由はどこに求められるだろうか。
 直接的に給与を上昇させなくとも、例としてITスキル習得を推進するなどして、人材価値が高まる結果としての給与上昇を後押しする政策を打ち出すことは可能なはずである。

まとめ

 今回の補正予算では、経済の根幹たる事業活動を成長させ、その利益を分配することで従業員所得や税収を増大させるという好循環を作り出す支出ではなく、効果が不明な支出に対してその大部分が割かれている。
 しかもこの財政出動により政府債務が増大したことを受け、将来的な増税などが懸念されるが、これは国民負担を先送りしたとも言える。この結果、働く人たちの可処分所得(手取り)はさらなる減少という危機に瀕している。
 岸田首相には「成長と分配の好循環」が意味するところを今一度思い起こし、その実現に向けて邁進して頂きたい。